ワイン用語集フランスワインボルドーのシャトーボルドー地方生産者

シャトーマルゴーとは?その特徴と歴史

シャトーマルゴーは、五大シャトーの中でもとびぬけた知名度で、偉大なワインと評価されている最高級のワインです。

シャトーマルゴーのワインは、ルイ15世の愛妾のデュ・バリー婦人や文豪ヘミングウェイなど偉人達に愛されたワインでもあります。

ボルドー市から入るとマルゴーの街に入る手前で右折してシャトーマルゴーに向かいます。

シャトーの正面に100メートルくらいから広い並木道があって、その奥に立派な鉄格子と4本のギリシャ柱付きのファサード↑が現れるのです。

当たり前ですが、わざわざボルドーマルゴー村に来る観光客でシャトーマルゴーを見ないで帰る人はよほどの変わりものでしょう。
 
マルゴー村に来る観光客のほぼすべての人がシャトーマルゴーとその畑を見て「なんて広大なんだ」と思うはず。
 
それもそのはず、シャトーマルゴーの区画は250ヘクタールを超え、そのうちの半分以下しか実際のワイン造りには使っていないのです。
 
栽培面積は約100ヘクタール、生産量は毎年34000ケースほどですからメドックの中では大ぶりで、日本のワインショップでも比較的見つけやすいでしょう。
 

シャトーマルゴー

ワインの女王

シャトーマルゴーはメドック地区のマルゴー村に本拠地を構え、262haの敷地を所有しています。

畑は80区画あり、そこからまずは50のワインを仕立てて、更に3種のワインに選別します。

つまり、区画が多いため本来であれば多数のグランクリュワインを個別に作りだせるものの、クオリティコントロールのためそれをせず、ヴィンテージごとに表現を変えるのです。

これだけ広いので土壌は均一ではなく、いくつかの種類が混在していますが、砂と粘土を含む深い砂利質土壌がメインになります。

セカンドラベルは、パヴィヨン・ルージュ・デュ・シャトーマルゴーです。

そして、セカンドに満たないと判断された赤ワインネゴシアンに売却しAOCマルゴーの名称になります。

 

シャトーマルゴーは、「ワインの女王」と呼ばれているのは、ボルドーワインの中でも最も女性的なワインとされているからです。

しなやかなできめの細かい上質なタンニンと豊潤さバランスが取れていて、全体的にエレガントなワインのため、女性的と言われているのでしょう。

 

20年以上の熟成に耐えることができ、良年のものはかなり高値で取引されています。

熟成させるほど複雑で奥の深いワインへと変化していきます。

 

ブドウ品種

赤ワイン用のブドウ品種は、カベルネソーヴィニヨンを主体に、メルローやプティ・ヴェルド、カベルネフランが栽培されています。

以前はカベルネソーヴィニヨンの比率が83%であったものの、2000年あたりから86%に比率を上げて、メルローの比率が下げられています。

カベルネソーヴィニヨンの比率を上げると渋みが増し、男性的なイメージの味わいになるためメルローの比率を一定程度保っていました。

しかし、最近の醸造技術の発達により、渋みが強くても滑らかでしなやかな味わいを出せるようになったので若干の変更をしたのです。

白ワイン用のブドウ畑も12haあり、ソーヴィニョン・ブランが栽培されています。

この白ワインは、パヴィヨン・ブラン・デュ・シャトーマルゴーとして年間4万本近く生産されています。

ロワールのソーヴィニヨンブランと違って木樽の印象とナッツのような香りは、ブルゴーニュの上質の白に近く、余韻が極めて長いです。

一口飲めば「赤ワインの名家が造った白ワイン」というよりも、「白ワインを造りこんだ名家の白ワイン」というイメージを持たれるでしょう。

パヴィヨンブランは今のところシャトーマルゴーほど価格も高騰していませんので、見かけた際にはぜひお試しください。

 

ワインの歴史

シャトーマルゴーは、12世紀頃にはラ・モット・ド・マルゴーと呼ばれる農園でした。

数々の貴族が所有者となっていましたが、1570年代に貴族のピエール・ド・レストナックが所有者となり、シャトーのブドウ畑を増やしてワインの生産に力を入れたことがシャトーの土台を築くこととなります。

18世紀にはボルドーワインの中でも最高級のワインとして知られるようになり、1855年に行われたブラインドテイスティングで20点満点中20点を獲得したのはシャトーマルゴーのみであったことは有名な話です。
 

20世紀後半にボルドーのネゴシアン大手のジネステ家が所有していましたが、1973年に不景気のあおりを耐えきれずに手放します。

(この時期にシャトーマルゴーは厳しい冬の時代を経験しつくし、隣のシャトーパルメポンテカネよりも低い評価の年が続いていたのです)

ところがこれをアメリカの事業者が買収しようとしたものだからフランスじゅうが大騒ぎになります。

最終的にはシャトー買収をフランス政府が介入して拒否するまでになり、結果としてシャトーマルゴーの存在感の大きさを示すこととなるのです。

法治国家ではいち民間に国家が介入することは通常考えられません。というか本来ダメです。

シャトーマルゴーの株式をフランス国家は所有していませんでしたが、それでも介入したのですから、相当のインパクトがあったのでしょう。
 

最終的にはフランス中にチェーンスーパーを展開するフェニックス・ホタンを経営するアンドレ・メンツェロプーロスが買収を認められます。

ところがアンドレは買収の3年後に死亡、未亡人のローラが遺業を継ぎ、その娘のカロリーヌが共同買収者だったフィアット社の株を買い上げる形で単独所有者となります。

 

シャトーマルゴーは常にトップの座を保持していたわけではありません。

実際にはメンツェロプーロスに買収される前はジネステ家の不振の影響を受け、評価を落としていました。

しかしメンツェロプーロスが巨額を投じて畑と醸造所、カーヴを改良して急激に名声を回復するのです。

 

シャトーマルゴーのファンには申し訳ないのですが、1960年~1970年代は確実に1級の評価に値しないシャトーだったというのが多くの評論家の意見です。
 
知名度もあり、そして格付けも一番上のシャトーマルゴーが受けた社会的なバッシングは想像に易いでしょう。
 
それまで涼しい顔をした(と映っている)エリートが地べたを這いつくばる姿は、当時経済的な行き詰まりにあったワイン界で格好の標的になってしまうのです(ボルドーワインの歴史をご覧ください→)。
 
メンツェロプーロスが買収時に提案した再建計画は長期的なものでした。
 
― 排水をよくし、ブドウ畑の管理を徹底させ、ブドウのセレクションを厳しくする ―
 
つまり極めて地味で地道な作業の繰り返しで、一見して根本的な解決に直結するようなものがなかったのです。
 
すぐに目に見える結果がほしい世論は当初シャトーマルゴーの復活に半信半疑でしたが、買収後10年で見事に復活を果たすのです。
 
現在のシャトーマルゴーの威風堂々ぶりからは想像もつかない厳しい時代があったのだと、お飲みの際には頭の片隅に置いてみてはいかがでしょうか。