ワイン用語集フランスワインボルドーのシャトーボルドー地方生産者

シャトーオーバイイーとは?その特徴と歴史

シャトーオーバイイーは、グラーヴ地区の格付けシャトーで、赤ワインのみを造り続けています。

セカンドラベルは ラ・パルド・オーバイイーです。

レオニャン村にあって、1461年には記録も残っている歴史あるシャトーとして知られています。

30ヘクタール弱の土地にはカルベネ・ソーヴィニヨン65パーセント、メルロー25パーセント、カルベネ・フラン10パーセントの割合で植えられています。

年間生産量は15000ケースで、日本ではあまり見かけません。

 


品質の高さは以前から知られていましたが、ここのワインのすごいところは生産量の全体の30%は機械的にシャトーワインには用いないというクオリティコントロールです。

どれだけいい年でも30%はセカンドワインに回してしまうという徹底ぶりなのです。

グラーヴらしい柔らかくしなやか、熟成させることで優美さも感じられる高級ワインです。

 

 

シャトーオーバイイー

新しいグラーヴのシャトー

17世紀、フランス北部のピカルディーでワイン商を営んでいたニコラ・ド・ルバルドがボルドーに移住、ファーミン・ル・バイイと出会い、ワイン造りを始めます。

質の高いワインはすぐに評判になりました。運命に導かれて義理の兄弟となった2人が亡くなると、後を引き継いだバイイの妻がシャトーを創設。

やがて息子ニコラに託されましたが、負債に追われやむなく手放すことになります。

そして債権者の1人、ジャン・ド・カイソンの手に渡るのです。

 

その後、18世紀から19世紀初めにかけてはめまぐるしく所有者が変わります。

1872年、アルシッド・ベロ・デ・ミニエールが新たなオーナーとなります。

アルシッドはシャトーの増改築を行いましたが、ワイン造りには不慣れでした。

 

このころ、畑を襲ったのがフィロキセラ

ブドウの根や葉に寄生して樹液を吸い取り、枯らしてしまう、ブドウネアブラムシによる病害でした。

1860年代にアメリカから持ち込まれたと言われ、いずれのシャトーもこの被害に見舞われています。

かなり規模の大きなものだったのでフィロキセラ禍と呼ばれますが、一説によればそれ以前から確認されていたのではないかとも言われています。

 

アルシッドはワイン造りでは頑固者で有名で、頑固が幸いしたのか試行錯誤の末、この困難を乗り切りました。

彼はワイン造りでは変人扱いをされ、アメリカ産の台木を用いることを一切せずに栽培し続け、熟成樽を古いコニャックで洗うという経済感覚のまるでない親爺でした。

しかし親爺の星は苦境のなか結果を出したため、“ブドウ栽培人の王”と讃えられたのです。

 

地質学者、フランツ・マルブザンの所有を経て、1955年、ベルギー人でフランス北部、リール出身のダニエル・サンダースがオーナーとなります。

人手に渡っていたセラーや醸造所を買い戻すなど再建に尽力しました。

 

家族間のトラブルで売りに出たところを1988年、銀行家のロバート・Gウィルメールがシャトーを購入。

ダニエルの曾孫、ヴェロニク・サンダースを支配人に迎えました。

醸造学を専攻した才女はペッサック・レオニャン協会の会長も経験しています。

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