ワイン用語集フランスワインボルドーのシャトーボルドー地方生産者

シャトーラフィットロートシルトとは?その特徴と歴史

シャトーラフィットロートシルトは、5大シャトーの中でも最も繊細でエレガントとされるシャトーです。

小高い丘という意味の「ラフィット」が名前に付くように、小高い丘にブドウ畑を構えています。

 

1855年格付けで1級にされたメドックの3シャトーの中でも筆頭にあげられ、一般的にトップ中のトップとするのは、どこの評論家やワイン雑誌でもたいていはラフィットです。
オーブリオングラーヴから例外的に1級に、ムートンロートシルトは当初2級だった)

ラフィットと肩を並べるワインをほかで見つけろとなると、ロマネコンティモンラッシェペトリュスとかになるかもしれません。

しかしこれらのワインがごく少量の生産量(ロマネコンティは6000本、ペトリュスは4500ケース)であるのに対してラフィットロートシルトは栽培面積94ヘクタール、生産量は年間20000ケースになります。

ロマネコンティやペトリュス、ヴァランドローやカリフォルニアのカルトワインは希少価値が価格高騰の一因になっているのに対してラフィットはこれだけの量を生産しているところがまさに快挙なのです。

 

ラフィットのすばらしさは様々なところでささやかれています。

典雅、優美、精密さとバランス、知的美さえ感じる味わいは、ほかのシャトーでは味わえない感覚をいただけます。

5大シャトーの中でも特にラトゥールと並んで長命で、きちんと保存したものであれば30年たってもピークアウトは感じられないはずです。

 

シャトーラフィットロートシルト

1級シャトーの筆頭

メドック地区のポイヤック村に本拠地を構え、シャトーの敷地は123haとなり、その内ブドウ畑は約100haです。

約というのは年によってセカンドラベルに回したりネゴシアンワインにしたりするのでその年ごとに微妙な差があるためです。

 

土壌は石灰質が基盤となった砂利混ざりとなっており、メドックの中でもブドウ栽培に最も適していると言われています。

水はけもよく、日照りも良好なため、芳醇で素晴らしいブドウが育ちます。

 

伝統的な手法を継承しながらも現代的な手法も取り入れてワインを醸造しているため、現在も尚進化し続けています。

ワインは気品のあるエレガンスな味わいとなり、近年になってテクニカルディレクターにシャルル・シュヴァリエが就任したことで、これまでにない力強さも表現されるようになりました。

セカンドラベルは、カリュアド・ド・ラフィットです。

 

ブドウ品種

ブドウ品種はカベルネソーヴィニヨンが主体となり70%ほどを占めています。

メルローが25%で、残りはカベルネフランやプティヴェルドが栽培されています。

ブドウ品種のブレンドの比率は、その年のブドウの出来具合によって異なります。

そのため、1961年のヴィンテージはカベルネソーヴィニヨン100%使用され、非常にタンニンの強く酸味のバランスが素晴らしいワインとされています。

 

ちなみに、現在でいうボルドーブレンドと呼ばれるカベルネソーヴィニヨンを主体にしたメルローやプティヴェルドのアサンブラージュは、その先駆を切ったのはラフィットとされています。
 
もともと19世紀までのボルドーのブドウ品種はいい加減なもので、今よりもはるかに多くの種類が栽培されていて、手っ取り早くおいしいワインになるマルベックの比率が多かったのです。
 
しかしそれでは品質の良いワインが仕上がらないということでラフィットの管理人たちが研究を重ねて、どうやらカベルネソーヴィニヨンがボルドーでは最高品種であるということを突き止めたのです。
 
そしてほかのシャトーに先駆けてこの品種に植え替え、それだけでは堅くなりすぎるとのことからメルローをブレンドするようになるのです。

 

 

ワイナリーの歴史

ブドウ作りは中世から行われていましたが、17世紀にセギュール家が所有者となり、ブドウ畑を整備したことでワイン評価が高まりました。

このセギュール家のアレキサンドルとシャトーラトゥールの後継者の結婚によってラフィットとラトゥールの2つの領地が統合されたことがシャトーの始まりになります。

 

18世紀になると、ラフィットの名声はすでにフランスきっての存在となっていることがわかっています。

ルイ15世にポンパドールがラフィットを勧めたことによって、王室御用達のワインとなって「王のワイン」と呼ばれるようになっていたのです。

もともとボルドーはイギリス領だった時代があったので、フランス宮廷ではどうしてもブルゴーニュやシャンパーニュに比べて格下扱いを受けていました。

ポンパドールはフランス最高のワイン、ロマネコンティの畑を手に入れようとしますが、コンティ公に横からかっさらわれてしまいます。

心中穏やかではないポンパドールは、それとの対抗上、このシャトーに目を付けたのです「ロマネコンティよりラフィットよ」と。

 

 

19世紀、他のシャトーと同様にラフィットも革命時に革命国家に没収され、そして競売にかけられます。

その時の複雑な事情もありますがラフィットはその後に数十年所有者のごたごたが続きます。

 

そして1868年、ロートシルト家のなかでもパリに住んでいたジェームズが当時444万フランで競落します。

この金額は金融界でも伝説的なもので、

1836年のシャトーマルゴーの売値が130万フラン

1853年のパルメが53万フラン

1853年のムートンロートシルトが112万フラン

だったことからも少し特殊な競落金であったことがわかります。

 

これは、ジェームズの経営する銀行がパリのラフィット通りにあったからとかのうわさがありますが、それ以上にドロドロした理由があったのです。

ロートシルト家と死闘を繰り広げた銀行家アシル・フールがベイシュベルを、アシル・フールと手を組んだイザーク・べレールがパルメを買収します。

また同じロートシルト家のロンドンのナサニエルがムートンロートシルトを買収したのですから、ジェームズとしてもどうしても引き下がれない状況になります。

それらの上を行くシャトーとなるともはやラフィットしかありません。

競売の結果、うそのような金額に高騰しても、どうしても手に入れたかったのでしょう。

 

 

1855年格付けから、ラフィットは1位の座を譲らずに王座を現在まで守り続けています。

普通の経営者であればそのプレッシャーとストレスから生産量を落としてクオリティコントロールをしたくなるでしょう。

しかしラフィットがこれほどの量を生産しながらいるというのは、もちろん立地の良さもありますが、それを支える栽培・醸造技術の並々ならぬ苦労のうえでしょう。

 

日本のワインショップやレストランでも見かけることは多いので、できれば見かけたときには思い返していただき、人生でここぞというときにお試しいただきたいワインです。

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