
マイクロネゴシアン(MICRO NEGOCIANT)は、ここ最近よく聞かれるようになったワイン用語です。
フランス語読みでミクロネゴスとも呼ぶ人もいます。
一般的には
「ブドウ畑は所有せずにワイン造りをし、畑の運営(栽培)にも強い支配力を持つワイナリーの形態」
をさすと考えていいでしょう。
ドメーヌとは、英語のドメインと同じで領土や所有区画という意味で、おもにブルゴーニュで使われるキーワードです。
畑を所有し、ブドウ畑の運営管理から醸造までを一貫して行う形式のワイナリーをドメーヌものと称します。
これは、19世紀の末ころまでのワイン生産者とネゴシアンとの関係で、商業主義に走るネゴシアンに対して生まれた概念です。
ワイン生産者が品質に重きを置いたワイナリー運営をするとなると、やはりブドウ畑の所有をするのが一番の近道なのです。
しかし、時代が進みマーケットが成熟すると、今度はユーザーに「ワインの味わいに所有者って関係あるの?」という疑問が生まれます。
その回答の一つがマイクロネゴシアンという概念なのです。
Contents
マイクロネゴシアン
ドメーヌに限りなく近いネゴシアン?
ネゴシアンといえば、ワイン界においてはビジネス色が強く、
・ブドウを買い付けてワインにして売りに出す
・ワインを買いつけてブレンドして売りに出す
・ラベルを貼って売りに出す
等の形態があって、その運営形態はまちまちです。
そのためネゴシアンとひとくくりにするのはややおおざっぱすぎて、中にはドメーヌに限りなく近いネゴシアンもいれば、右から左にワインを動かして手数料をいただく形態のものまで様々です。
その中にあって、特にブルゴーニュで使われる言葉がマイクロネゴシアンで、これはぶどう畑の所有権はないが、栽培、収穫、醸造、瓶詰め、マーケティングなどのほぼすべてに影響力をもつ運営形態をさします。
マイクロというだけあって、どのネゴシアンも極めて小規模で、クオリティコントロールができる範囲で栽培しているのが特徴です。
なぜマイクロネゴシアンなのか?
ブルゴーニュのブドウ畑は近年、地価の高騰がつづき、新規参入がほとんどできない状況になっています。
ぶどう畑の売りも出なければ、売りに出たとしても実際にはすでに買い手は決まっていたり、あるいはとんでもない価格で市場に出回るようになっているのです。
こうなると新規参入をしようと思ってもファイナンスを組むことができず、いくら情熱をもってワインを造ろうと思っても実現はほぼ不可能でしょう。
それであれば所有権にはこだわらず、その代わりに個別の契約で支配権を得る形でワインに携わる、というワイナリーができ始めるのです。
確かにドメーヌという言葉は響きはいいのですが、相続以外の形で所有権の移転はめったにないため、そうなるとチャレンジ精神を持った新しい生産者の台頭が阻害されてしまう可能性があります。
そこで考案されたマイクロネゴシアンの形態は、新しい生産者を生み、それらが高い評価を得ることでマーケットに競争を生み出し、健全化させる役割を担っているのです。
ネゴシアンというとどうしても経済主義的なイメージがありますが、マイクロネゴシアンは一般的なネゴシアンとは全くイメージの異なる運営形態ととらえていいでしょう。
マーケットの成熟がマイクロネゴシアンを生んだ?
マイクロネゴシアンで興味深いのは、なぜ近年になって注目されたのか、でしょう。
これはもちろん、それまでの常識にとらわれずに上質なワインを造りたいという優秀な生産者の出現というのが一番なのですが、それを支えるマーケットの成熟もその要因でしょう。
そうなると、まずは「ブルゴーニュといえばドメーヌものでしょう」という常識が浸透します。
しかししばらくすると、よくよく味わってみると
「ドメーヌものであっても大しておいしくないなあ」
ということろもあれば、逆に
「ネゴシアンものでもおいしいじゃあないか」
という疑問を感じた人は少なくなかったはずです。
そしてマーケットが成熟すると、いよいよワインは形式よりも中身が重要だ、という雰囲気ができはじめ、これをジャーナリストが後押しするのです。
ユーザー自身がワインの中身を判断することができれば、おいしければ畑の所有者は誰でもいいし、形式にこだわらず上質なワインを造る生産者が多く出現したほうがマーケットとしては喜ばしいことなのはその通りでしょう。
その意味ではマイクロネゴシアンという言葉の出現は、マーケットの成熟の一つの現れなのかもしれません。
二つのマイクロネゴシアン
ここで、注目しておきたいマイクロネゴシアンを二つご紹介します。
すでにマイクロネゴシアンとしてはおろか、ブルゴーニュ全体で見ても注目度は高く、評論家の評価も高いワイナリーです。
この二つはよく比較されるので、覚えておくとより興味深く味わえます。
生産量が少ないため日本で見かけることはないかもしれませんが、見かけた際にはお試しいただいて損はないでしょう。
バンジャマンルルー
バンジャマンルルーもすでに多くの評論家から高い評価を受けるワイナリーです。
若くしてポマールの名門ワイナリーの醸造長を務め、自身のワイナリーを持つまでになります。
わずか数年で流通価格は倍になるものもあり、最も注目を集める若手醸造家のひとりです。
後述のバーンスタインとは違い、ボーヌ生まれで13歳にして醸造学校に学ぶ生粋の業界人です。
バンジャマンルルーについては、こちらをご覧ください。
オリヴィエバーンスタイン
オリヴィエバーンスタインは、もともとビジネスマンとして成功を収めていましたが、ワイン造りへの思いがつのり、ついに自身でワイン造りを始めます。
まずはルーションで自身のワインを造り成功させ、そして念願のブルゴーニュでのワイン造りに進出します。
バーンスタインの品質への追求は早くから注目され、あっという間にブルゴーニュで最も注目を集めるワイナリーのひとつとなるのです。
オリヴィエバーンスタインについては、こちらをご覧ください。
マイクロネゴシアンという言葉が生まれたのは、それだけこれらの新興勢力のインパクトが強いということでしょう。
それまでの枠組みを超えた存在感があるため生まれたキーワードとも言えます(exスーパートスカーナ)。
ボルドーほどではないにせよ、ブルゴーニュも保守的なイメージは強く、新しい勢力はうまれづらい素地があるのはその通りでしょう。
そのなかにあってこれらのワイナリーの成功は、これからのブルゴーニュワインの基本路線を大きく変えることもあるかもしれません。