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モエエシャンドン シャンパーニュとは?その特徴と歴史

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ワインやシャンパンはよく知らないという方でもモエ・エ・シャンドン(Moët et Chandon)は知っている人も多いのではないでしょうか。

モエ・エ・シャンドン(通称モエ)はシャンパーニュ地方のなかでも270年以上の歴史のある伝統あるメゾンです。

本拠地はエペルネにあり、年間売り上げが5兆円にもなるLVMH(ルイヴィトン モエ へネシ―)グループの中枢にあります。

LVMHグループはワイン業界はおろか世界屈指の巨大優良企業で、スーパーブランドの名をほしいままにしているのです。

極めつけのプレステージ商品は、こちらも誰もが聞いたことのあるドンペリニヨンです。

あまり知られていないのですが、モエエシャンドンは早くから経済的に成功したため、ナポレオンともゆかりの深いメゾンです。
 
モエ社には立派な迎賓館があって、その最初のゲストはジョゼフィーヌ皇紀でした(1804年)。
 
その後1807年にはナポレオンを迎え、まさにシャンパンの名声を一躍世に広めるのです。
 
また、ナポレオンがモスクワから敗れて帰った時もこの迎賓館に寄り、その際に国家勲章をモエ家に授けるのですが、これがナポレオンの最後の栄光となるのです。
 
もっとも、商売上手なモエ家にすれば、帰りに寄らずにロシアに行く前によってくれればあんな負け方はしなかったのに、とでも言いたいでしょう。
 
そうなっていれば、ひょっとしたら同社のプレステージ商品はドンペリニョンではなく、ナポレオンだったかもしれません。

 

モエエシャンドンは、とにかく巨大というイメージで、全シャンパンメーカーの売り上げの20%弱を占めるというダントツさです。

年間2500万本を売り上げ、そのうちの2000万本を海外に輸出し、ストックは9000万本にのぼるという破格のスケールを誇ります。

さらにびっくりするのが畑の面積で、シャンパーニュ地区のほとんどのエリアに分散する500ヘクタール弱の自社畑は90~100%のクリュが多数含まれています。

しかしこれでは年産に必要な量の20%にも満たず、収穫期は自社、請負合わせて2500人にものぼる作業員で摘み取りを行うのです。

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大量生産というとどうしても安ワインというイメージが付きまといますが、モエエシャンドンに限らずシャンパーニュに限ってはそのようなことはありません。

そもそもシャンパーニュは製造工程が複雑なため、小資本では設備投資ができずに新規参入がしづらい素地があります。

大資本と強力な設備投資ができるからこそ優れて安定したシャンパンを提供できる、というのが正しい理解でしょう。

もちろん、ただ資本が大きいだけではさすがに駄目ですが、モエエシャンドンは品質と規模の両方で他を圧倒しているのです。

巨大な資本を有するからこその最新の醸造設備から生まれるシャンパーニュの品質は高く、「巨大会社だから並質」というのは誤解であることは一口飲めばわかるでしょう。

品質に対する一つの矜持には、これだけの本数を売り上げているにも関わらずブランドは厳選し、後述するラインナップ以外はまれに生産するイベント向けのワインにとどまっていることにも表れています。
 

普通の経営者であれば、これだけの売り上げがあるのであればブランドを増やし、多角化しようとするものでしょう。
 

しかし、それではクオリティコントロールができないとの理由でブランドを絞っているのです。

 

 

モエエシャンドン

ワイナリーの歴史

モエ・エ・シャンドンの歴史は1743年にフランス、エペルネでクロード・モエが「メゾン・モエ」という小さなワイナリーを設立したことから始まります。

その5年後の1748年にフランス王室の公式シャンパンに認定されたモエ・エ・シャンドンの快進撃は続きます。

瞬く間にドイツ・スペイン・ロシアなど王室でも大流行し世界にその名が広まるようになりました。

かのルイ15世の妾であったポンパドゥール夫人もモエ・エ・シャンドンのシャンパンをこよなく愛したと言われています。

モエ家自体はオランダ出身の家系で、クロードの孫のジャン・レミ・モエは1792年に社業を継ぐとドンペリニョンのオーヴィレール修道院を買い取ります(これが縁でプレステージ商品にドンペリの名を冠することになる)。

社業を発展させた経営手腕を買われて1802年にはエペルネ市の市長になって、革命後の復興に努力した人物です。

そして、ジャンの娘のアデライデは名家のピエール・ガブリエル・シャンドンと結婚、これがモエエシャンドン社の始まりです。

19世紀前半にはすでにシャンパンメーカーを代表する存在になっていて、プロイセンがワーテルローでナポレオンを失脚させた際に、シャンパーニュを代表してモエエシャンドンの酒庫から60万本を没収するのです。

しかしこれが災い転じて福となり、格好の実物宣伝となり後年にドイツで売り上げが爆増することになるのです。
 

LVMHグループの中枢

モエエシャンドンはワイン業界の中にあって企業のブランディングと巨大化でとびぬけた存在です。

1971年にコニャックで知られるヘネシーと合併、そして1987年にルイヴィトングループと合併してLVMH となります。

LVMH主に以下のようなブランドを要していて、その数は70にも及びます。

・ワイン、酒類(モエ・エ・シャンドン、クリュッグヴーヴクリコ、シャトーディケム、ヘネシーなど)

・ファッション(ルイ・ヴィトン、ロエベ、フェンディ、セリーヌ、クリスチャン ディオール、ジバンシィ、ケンゾーなど)

・香水(パルファン・クリスチャン・ディオール、ゲラン、パルファム ジバンシイなど)

・時計・宝飾品(ショーメ、ブルガリ、タグ・ホイヤー、ゼニスなど)

 

これらのブランドは単体でも極めてイメージのいいものばかりですが、その中にあってモエエシャンドンはグループの中枢にあるのです。

 

 

モエ・エ・シャンドンの種類

アンぺリアルシリーズ

結婚式やプレゼントなどにも人気のモエエシャンドンですが、厳選したいくつかの種類を販売しています。

 

もっとも普及しているものはアンぺリアルシリーズでしょう。

その中でも辛口のブリュットアンぺリアルはこのページを見た人のほとんどが目にしたことがあるかもしれません。

このクラスは、モエエシャンドンとしてはいわゆる普及レベルのブランドではありますが、普及レベルだからこそ最もブランドイメージに影響を与えます。

あまりにも有名なため陰に隠れていますが、本来は一線を画すきわめて品質の高いワインなのです。

 

ヴィンテージシリーズ

ブリュットアンぺリアルはノンヴィンテージ(複数年のワインをブレンドして造る)ですが、収穫年表示のヴィンテージも品質が高いです。

シャンパーニュ地方はワイン生産地域の北限にあたる冷涼なエリアのため、年ごとに差が出やすく、必ずしもすべての年にリリースできるわけではありません。

ヴィンテージシリーズの中でも特に出来栄えの良い年には「グランヴィンテージ」という特別なブランドをリリースしています。

 

ドンペリニョン

ドンペリニョンは、シャンパーニュ地方に発泡性ワインをもたらした人物として知られています。

ただし、文献や資料にはあいまいな記述も多く、さらにブランド化が進むことによってドンペリニヨンの名前が独り歩きしたきらいは否定できません。

品質は素晴らしいのですが、残念ながら日本では味わって飲むというよりも雰囲気で飲まれることも多く、これがドンペリニヨンのイメージを下げている感はぬぐえません。

 

このサイトをご覧の方であれば理解いただけるかもしれませんが、すこしワインを知ってくると、同じ金額を支払うのであればシャンパーニュのプレステージは他のメゾンを選びたくなるものでしょう。

ドンペリニヨンの本来の味わいは、ふくらみがあり、一本筋の通った酸味と複雑な風味と長い余韻のきわめて完成度の高い仕上がりです。

お飲みになる機会があれば、ぜひフラットな気持ちで一杯のシャンパーニュと向き合っていただき、その味わいのすばらしさを感じてほしいところです。

 

モエ アンペリアルに使用されているブドウ


モエでいちばん人気の王道はやはり「モエ アンペリアル」です。

1980~1990年代まではF1の表彰式で使われるシャンパンファイトにも通常の4本分の量が入るジェロボアムというビッグサイズのボトルが使用されていました。

 

モエ アンペリアルはシャルドネピノノワール・ムニエの3種類のブドウを使用します。

もっとも、実際にはピノノワールとピノムニエの比率が高く、シャルドネは10%にも満たない比率です。

 

丁寧に熟成させたシャンパンは果実と柔らかな白い花のような香りが特徴です。

3年間という長い熟成期間が上品で長い余韻のあるシャンパンに仕上げています。