
“われ1級になりぬ、かつて2級なりき。されどムートンは変わっておらず”
シャトー・ムートン・ロートシルト(CHATEAU MOUTON ROTHSCHILD)のエチケットに記されている言葉です↓。
ワインファンの間ではあまりにも有名なこの言葉は、1973年の格上げを機に掲げられました。
シャトー・ムートン・ロートシルトは世界で最も偉大なシャトーの1つであり、パイオニア的存在です。
ロートシールトというのはドイツ語読み、
フランス語ではロッチルド、
英語ではロスチャイルドです。
なお、普及版の良質ワイン、ムートンカデもムートンロートシルト家の商品で、ちなみにカデは末っ子の意味です。
ムートンロートシルトは現在世界中でプレミアムワインの生産をしています。
カリフォルニアでオーパスワンを、チリでアルマヴィーヴァを生産していて、意外なところでは南仏のリムーでバロナルクというワイナリーを運営しています(実際はパートナーシップでの経営)。
ワイナリー全体の売り上げは年間で3億5千万ドル以上にのぼりますが、知名度を含む実際の企業価値はそれを大きく上回るでしょう。
2019年正月のテレビ番組で、ミュージシャンのYOSHIKIさんがブラインドでテイスティングし、ムートンロートシルトを「這い上がってきたワイン」と評しました。
視聴者の中にはボルドーの1級ワインという最高のステータスを持つワインに、「這い上がる」という泥臭い言葉に違和感を持つ人は多かったかもしれません。
しかし、実際にはムートンは1855年の格付けの際に1級を確実視されながら、2級格付けという痛恨の経験をします。
そこから粘り強く品質の向上を続け、1973年に1級格付けをもぎ取るのですが、保守主義の権化のボルドーワイン界にあっては、どのような努力があったかは想像を絶します。
表に出せる光の努力もあればその何倍もの影の努力があったでしょうし、ひょっとしたら闇の努力もあったかもしれません。
そのように検討すると、「這い上がってきたワイン」は、まさに核心を突いた表現でしょう。
Contents
シャトームートンロートシルト
1853年の畑買収
ロンドン生まれのナサニエル・ロスチャイルドは1853年、ジロンド県メドック地区ポイヤック村のブドウ園、シャトー・ブラーヌ・ムートンを買い取りました。
これが現在のムートンロートシルトです。
すでにムートンのワインはボルドーの仲卸業者の間では品質を認められていて、シャトーマルゴーやラフィットロートシルトと同程度の価格で取引されていました。
1853年といえば1855年のメドックの格付けが行われる2年前ですが、このタイミングで売りに出すとは、前の所有者は何らかの事情があったのかもしれません。
そしてこのときに自身の名前を冠し、シャトームートンロートシルトと名称を変更するのです。
なお、このナサニエルの父、ネイサンの金融界での辣腕は、歴史に残る血腥いトレードにより名をとどろかせています。
ナポレオンのワーテルローの敗戦をいち早くキャッチすると、イギリスのコンソル公債をなげうって暴落させるのです。
市場参加者は暴落したニュースに飛びつき、これはきっとナポレオンの勝利の結果だと推測し、そして売りが売りを呼びます。
市場がパニックとなりコンソル債が暴落すると、そこで今度は大量に買い込みます。
そしてナポレオンの敗戦が伝わると今度は逆に暴騰して、そこで一気に売り抜け巨万の富を得るのです。
まさかの2級格付け
1855年、ボルドーワインの格付けが行われます。
格付けは現在ほど精密なものではなく、ネゴシアン間の流通価格や評判などをもとに決められた閉塞感があり、批判も強かったようです。
しかし格付けをされる側は心中穏やかではありません。今後いつ格付けが見直されるともわからないのですから。
そして発表の日は近づきます。
ムートンはほかの1級ワインと同程度の価格で流通していたのでナサニエルは当然1級を予想していました。
しかし発表の結果、ムートンは2級に格付けされます。
(この理由は様々ありますが、有力な説は新規参入するロートシルト家の国籍や前述の強引な金融取引への反発があったといわれています。煎じ詰めればやっかみでしょう。)
“第1級たり得ずとも第2級に甘んじず。ムートンはムートンなり”
当時のエチケットにはこう刻み、ここに痛恨の極みを表します。
ナサニエルはブドウの栽培法などを見直し、シャトーの格上げを夢見て奮闘しました。
1973年の昇級
118年後、曾孫のフィリップ・ド・ロッチルドの卓越した手腕により、シャトー・ムートン・ロートシルトは1973年、第1級に昇格を果たします。
失われた118年間、シャトーはなんとか体を保ちますが、実態は惨憺たる有様で、複数の従業員による横領さえありました。
しかしオーナーとなったフィリップは彼らを罰することはせず、逆に彼らの意見に耳を傾け、信頼関係を作っていくのです。
また、それまでの慣行を破って、醸造したワインを熟成、瓶詰めまでを手掛ける、元詰め方式を採用(それまでは瓶詰めは特定のネゴシアンが行っていました)。
ブルゴーニュのドメーヌと同様の品質管理の徹底をはかります。
これは不正を根絶し、独自のワインを確立するのが容易になるというメリットがありますが、ブルゴーニュのドメーヌとは規模が違い畑が広大ですので簡単なことではありません。
メドック1級を狙った品質をコントロールすることが、どれほどのことかは想像を絶する努力があったのでしょう。
この”シャトー元詰制度”は、ムートンが1924年からほかのグランクリュにも呼びかけ、1970年代になって確立するようになりました。
これはつまり、それまで瓶詰めを依頼していたネゴシアンとの決別を意味します。
1924年ころはボルドーは不遇の時代で、各シャトーともネゴシアンとのもたれあいの長期契約がなければ成り立たないところも多く、当初はシャトー元詰めは受け入れてもらえなかったのです。
おそらく様々な嫌がらせもあったでしょうし、業界内の圧力もあったことでしょう。
ある種の業界内の革命的な呼びかけが確立したころの1級昇格ですから、勝利の美酒もまた格別だったでしょう。
アートラベルの考案
第二次世界大戦後、フィリップは斬新なアイディアを思いつきます。
画家の絵をエチケットにデザインしたのです。これにより、ピカソやシャガールなどの絵がムートンのエチケットを彩ってきました。
毎年変わる、エチケットに魅せられたコレクターが現在も数多くいます。
これらの功績が認められてシャトー・ムートン・ロートシルトは第1級に格上げされたのです。
ムートン ラベル一覧
ムートンのラベルの作者は以下のとおり
1924 Jean Carlu ジャン カルル
1945 Philippe Jullian フィリップ ジュリアン
1946 Jean Hugo ジャン ユーゴ―
1947 Jean Cocteau ジャン コクトー
1948 Marie Laurencin マリー ローランサン
1949 André Dignimont アンドレ ディニモン
1950 Georges Arnulf ジョルジュ アルヌルフ
1951 Marcel Vertès マルセル ヴェルト
1952 Léonor Fini レオノール フィニ
1953 Année du Centenaire*
1954 Jean Carzou ジャン カルズー
1955 Georges Braque ジョルジュ ブラック
1956 Pavel Tchelitchev パヴェル チェリチェフ
1957 André Masson アンドレ マッソン
1958 Salvador Dalí サルバドール ダリ
1959 Richard Lippold リチャード リッポルド
1960 Jacques Villon ジャック ヴィロン
1961 Georges Mathieu ジョルジュ マシュー
1962 Matta マッタ
1963 Bernard Dufour ベルナール デュフール
1964 Henry Moore アンリ ムーア
1965 Dorothea Tanning ドロテア タニング
1966 Pierre Alechinsky ピエール アレキンスキー
1967 César セザール
1968 Bona ボナ
1969 Joan Miró ジャン ミロ
1970 Marc Chagall マルク シャガール
1971 Wassily Kandinsky ワッシリー カンディンスキー
1972 Serge Poliakoff セルジュ ポリアコフ
1973 Pablo Picasso パブロ ピカソ
1974 Robert Motherwell ロバート マザーウェル
1975 Andy Warhol アンディ ウオーホール
1976 Pierre Soulages ピエール スーラ―ジュ
1977 Hommage à Sa Majesté la Reine Mère d’Angleterre ハーマジェスティ―クイーンエリザベス
1978 Jean-Paul Riopelle ジャンポール リオペル
1979 Hisao Domoto 堂本尚郎
1980 Hans Hartung ハンス アルトゥング
1981 Arman アルマン
1982 John Huston ジョン ヒューストン
1983 Saul Steinberg ソウル シュタインベルグ
1984 Agam アガム
1985 Paul Delvaux ポール デルヴォー
1986 Bernard Séjourné ベルナール セジュルネ
1987 Hans Erni ハンス エルニ
1988 Keith Haring ケイト ハリング
1989 Georg Baselitz ジョルジュ バセリッツ
1990 Francis Bacon フランシス ベーコン
1991 Setsuko セツコ
1992 Per Kirkeby ペール キルケビー
1993 Balthus バルテュス
1994 Karel Appel カーレル アペル
1995 Antoni Tàpies アントニ タピエス
1996 Gu Gan グー ガン
1997 Niki de Saint Phalle ニキ ド サン ファル
1998 Rufino Tamayo ルフィーノ タマヨ
1999 Raymond Savignac レイモン サヴィニャック
2000 Le petit bélier d’Augsburg
2001 Robert Wilson ロバートウィルソン
2002 Ilya Kabakov イリヤ カバコフ
2003 Hommage à un cent cinquantenaire 150周年記念ラベル
2004 Prince Charles プリンス チャールズ
2005 Giuseppe Penone ジュゼッペ ペノーネ
2006 Lucian Freud ルシアン フロイド
2007 Bernar Venet ベルナール ヴェネ
2008 Xu Lei シュ レイ
2009 Anish Kapoor アニッシュ カプーア
2010 Jeff Koons ジェフ クーンズ
2011 Guy de Rougemont ギィ ドゥ ルージュモン
2012 Miquel Barceló ミゲール バルセロ
2013 Lee Ufan リー ウーファン
2014 David Hockney デイヴィッド ホックニー
2015 Gerhard Richter ゲハルト リヒター