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ヴーヴクリコ シャンパーニュとは?その特徴と歴史

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爽やか口当たりの良さが魅力で見た目も華やかな黄色のエチケットが特徴的なヴーヴ・クリコ・イエローラベル。

名前の響きとともに、後述するエピソードが鮮烈なため、日本では強烈なファンが多数いるシャンパンメゾンとしても知られています。

高級感があり、かつ、高いレベルの品質は多く宴席の舞台で活躍してきました。

創立1772年から2世紀以上も変わることのないヴーヴクリコの代表ともいえるシャンパンです。

 

クリコの仕込みで面白いのが、ワインではなくて発酵果汁の段階でフィルターをかける点です。

後述する自社で開発した澱抜きの技術への圧倒的な自信の表れでしょう。

 

年間出荷量は2200万本と巨大ですがストックは3億本以上というからその堅実な経営姿勢と巧みなマーケットコントロールがわかります。

 

私がレストランでソムリエをしていた時に、ヴーヴクリコのシャンパンをこよなく愛する女性のお客様が何人もいらっしゃったのを覚えています。

実際に女性ファンの多いブランドなのですが、黄色のラベルの異色の外観とともに、社名の由来であるクリコ夫人の人生に共感する女性が多いからなのかもしれません。

シャンパンの優しく果実味あふれる味わいとは対照的に、実は大変に悲しい運命を背負ったにもかかわらず華やかに生き抜いた女性像には、私自身も共鳴をせざるを得ません。

3歳の娘とともに27歳にして未亡人となったクリコ夫人は、どのようにして現在のヴーヴクリコ社を育て上げたのでしょうか。

パーティーなどで口にしたときは、実はこんないきさつがあったのだと、思い返してみてはいかがでしょうか。

 

ヴーヴクリコ

LVMHグループのシャンパンメゾン

シャンパーニュ地方の中でもモンターニュ・ド・ランスに393ヘクタールのブドウ畑を持つヴーヴクリコ。

 

12のグランクリュと18のプルミエクリュの畑を所有しています。

自社の畑だけでなく、契約農家にも必要な時にだけ最低限の化学肥料や農薬を使用するリュットレゾネ(減農薬栽培)を使用。

 

現在は巨大ブランドコングロマリッド「モエヘネシー・ルイヴィトン(LVMH)グループ」の傘下に属し、世界中にシャンパーニュを販売しています。

LVMHグループは、ルイヴィトン、ショーメ、タグホイヤーなどのスーパーブランドを擁し、モエエシャンドンクリュッグ、そしてヴーヴクリコもグループの一員なのです。

なお、LVMHは中枢にモエエシャンドンがありますが、企業経営自体はモエエシャンドンとは完全に分離独立しています。

 

 

ワイナリーの歴史

フランス、シャンパーニュ地方で1772年に創業したメゾン、ヴーヴクリコ。

もともとランスの銀行家であり衣類商をいとなんでいたフィリップクリコがとある女性と結婚し、その女性の資産にブージィとヴェルズネの畑があったことがシャンパン造りの始まりです。

元々はシャンパン造りは本業の片手間に行いますが、フィリップクリコの息子、フランソワは父の本業よりシャンパン造りに熱をあげるのです。

1799年にフランソワクリコはランスの富豪の娘、ニコル・バルブ・ポンサルダンと結婚します(これがマダム クリコ ポンサルダンのはじまりです)。

この結婚相手こそが後のマダムクリコ「グランダーム」なのです。

 

結婚したとはいっても時代は大革命の真っ最中なので、結婚式は地下窟の中で行われたというのも運命なのかもしれません。

フランソワは1802年に父から受け継いだ銀行業も衣類業もきっぱりとあきらめ、シャンパン造りに本腰を入れます。

 

しかし、翌年の1803年にフランソワは急死します。
 
最初はあきらめようと家族全員が廃業に傾きかけたとき、フランソワの未亡人(ヴーヴ)であるクリコは夫の遺志を継ぐ決心をし、シャンパン業に乗り出すのです。
 
この時、ヴーヴ・クリコ・ポンサルダンは27歳で、3歳の娘がいました。

 

夫の残したシャンパン会社をなんとか続けていきたいと立ち上がったマダム・クリコは
 
「品質はただひとつ、最高級だけ」
 
という信念のもとにメゾン経営を始めるのでした。

 

時代はとても悪く、市民の暴動や戦争時ならではの特別税、外国軍隊の侵略や侵入、革命政府のアッシニア貨幣の暴落も経験します。

しかし彼女はナポレオンの失脚の兆候に目を付けひそかにロシアとのパイプを作り、失脚すると間髪を入れずにロシアに出荷、これでロシア上流階級を虜にするのです。

(ただし後にロシアの没落をみるとさっさと見切りをつけてほかの市場開拓をします)

 

商売上のしたたかさだけでなく、身内にも厳しく接したことで知られています。
 

娘婿がお金を使うだけが取り柄のただの無能のボンボン伯爵であることを見抜くと会社の経営からはずし、若手のエドワールを経営者に抜擢するのです。
 

エドワールはロシアの没落をいちはやく察知するとすばやくロシア市場から撤退、ほかの市場を探すことを決断。
 

それまで同社にとってロシアは大のお得意先で、何と国内向けのシャンパンを一本も造らないほどに海外市場に偏っていたのです。
 

しかしそれでは世界情勢に左右されすぎてしまうリスクを感じ、国内マーケットと海外マーケットのバランスを保つ経営にシフトするのです。

 

マダムクリコが就任したては年間売り上げはわずか5万本だったのが、彼女が死亡した1866年にはなんと300万本を売り上げるまでに成長したのですから、まさに女傑中の女傑にふさわしいでしょう。

 

革新的製法の始祖

「品質はただひとつ、最高級だけ」という信念はシャンパーニュの製法にもいくつもの革命を起こしました。

 

現在でも販売されているロゼシャンパーニュは1818年にヴーヴクリコが初めて発売しました。

当時はロゼシャンパーニュというとベリーの着色をしてロゼにするのが普通でしたが赤ワイン白ワインをブレンドするという製法をあみだしたのはヴーヴクリコが初めてとされています。

 

また、瓶を手で回すことによって澱を集め、澄んだシャンパーニュを作るルミュアージュもヴーヴクリコの醸造責任者が開発しました。

ルミュアージュは現在でもシャンパーニュのメゾンで実際に使用されている製法です。

それまでのシャンパーニュは瓶内二次発酵の際に酵母の残骸が瓶内に残ってしまい、これが泡とともに浮遊してしまったのです。

ルミュアージュによって瓶内に酵母の残骸はなくなり、美しく透明なシャンパーニュを楽しむことが出来ます。

シャンパーニュはお祝いの席で飲まれることが多く、見た目の美しさは必須であったにも拘わらず長いこと解決せずにいたのです。

 

それまでの「こういうものなんだ」というシャンパーニュの外観を疑問視し、改善に成功したマダムクリコは、まさに「グランダーム(偉大な女性)」にふさわしいでしょう。

グランダームの名前は、同社のプレステージ商品として、最高の品質を提供し続けています。

 

クリコのシャンパンは、黒ブドウ(ピノノワールとムニエ)が多くブレンドされ、これによって味わいにまろやかさとさわやかな果実味を身上としています。

伝統的なスタイルを守り、泡がよくたつ、というよりはワインの味わいの良さを追求しているようにも映ります。

香りには新鮮な果実の印象が綺麗に表れ、風味が豊かで滋味に富み、後味も優美さがあり、全体的に優しさがあるのです。

これに悲しい運命を背負いながらもたくましく生き抜いた一人の女性の人生が現れているとしたら、味わいもまた違って感じるかもしれません。


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